あひるのバタ足

日本語教師だったり、TOEICスコアアップトレーナーだったり。非常勤生活満喫中。ご意見はTwitter @ahiru5963 へ。

その学校に、信頼関係はあるか

「授業の評価を生徒にさせます」

いきなりこんなことを言われたらどうしますか?

以前勤務していた日本語学校でそんな話が持ち上がり、ベテランの先生たちが猛反対したという出来事がありました。その後すぐ私は辞めてしまったので、その評価が行われたかどうかはわかりません。ただ先生たちの目にあらわれた不信感と憤慨に満ちた口調は忘れることができません。

日本語教育をサービスと定義するのであれば、先日ここで述べたように、顧客である学習者からのフィードバックも取り入れ質を担保することは必須です。

なぜ先生たちは猛反対したのでしょう。

先週開かれた日本語学校教育研究大会にヒントがありました。教師研修を行っている学校の発表です。授業の質を一定レベル以上に保つため、研修を受けた上で先生たちに授業を行ってもらい、定期的に学習者にアンケートの回答を求めている、というものでした。研修を受けた上で自律的に授業を改善しようとしている先生は学習者からの評価も上がっているそうです。

研修の内容も、教師Can-doもすごいなと思って聞いていたのですが、それ以上にこの学校には、学校・教師・学生、三者の信頼関係があると感じました。信頼関係がなければ、せっかく企画した研修や教師Can-doも絵に描いた餅で終わってしまうでしょう。特に評価されることになる教師に対しては、何のために何をどのように行うのか、それを納得できるまで説明しなければならないでしょう。

話を冒頭の学校のことに戻します。あのときベテランの先生たちはなぜ猛反対したのでしょう。思い返せばそれは、信頼関係がなかったからです。まともな教師なら誰しも、日々改善を考えているわけですから(※)、信頼関係さえあれば「お互いに協力しあっていいものを作っていかない?」という話ができるばずです。あのとき学校側は詳しい説明も行わず、思いつきのような形で断片的に評価の話を持ち出してきていました。そりゃ反発されるわけです。

でも、信頼関係ってどうやったら作れるんでしょうね。

最近思うのです。学校側には法に則って非常勤を人として扱ってくれと願うのはもちろんですが、私たち非常勤も学校側を必要以上に仮想敵のように見てはいけないですね。やさぐれたりあきらめたりすることなく、歩み寄るべきときは歩み寄ることができればと思います。そしてそういうことができない学校とはサヨナラし、できる学校へと移って行けばいいのです。

 

その先生たちがまともじゃなかったという可能性は考えないことにします。