あひるのバタ足

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新人は教案を書いてはいけない

日本語教師になったばかりの人が吐露する悩みに「教案がうまく書けない」「授業準備に時間がかかる」というものがあります。教案を書くために午前23時まで起きていて、翌日本番でフラフラなんて話も聞きます。なんという本末転倒。

あえて極論を提示させてください。

新人は教案なんて書いてはいけません。教具も作ってはいけません。

じゃ、どうするの?

他人が作った教案を元に、自分で授業を組み立ててみるのです。あるものを使って授業をするのです。

大丈夫。人と同じ授業になんて絶対ならないから。

自分もそうでしたが、一から作ろうとするとトンチンカンなことをやってしまうことがあります。

学びの過程としては意味ある経験かもしれません。ただ、その経験から得られる学びと、投入するコストが見合っているかどうか。一度考えてみたほうがいいと思います。

で、人の教案をパクるなんて言語道断!と思う方にはこの逸話を。

10才のときに無人島に漂着した人が10年後に救出された際「10年間考え続けた大発見です!」と割り算のやり方をとくとくと語った、というものです。

毎回毎回新人が「割り算」のやり方を一から考えて消耗していたら、本人だけでなく、組織にとっても損失です。夜遅くまで準備して元気のない先生がボソボソと授業していたらどうでしょう。学習者への影響も考えなくてはなりません。たとえ元気であったとしても、先生が新人だからといって、質の低い授業をしていいということにはなりません。

昨年(2016年)、夏の日振協の研究大会で興味深い講演がありました。

今井 新悟氏(筑波大学グローバルコミュニケーション教育センター)による「日本語教師はもういらない?-教育環境の変化と求められる教師像-」です。日本語教師が部分的にコンピューターに取って代わられる可能性がいくつもの例で示されていました。私の記憶が確かならば「文型導入や場面理解のようなところはビデオ教材を使って質を一定に保つのもあり」という趣旨のこともおっしゃっていたように思います。

そして、パクリ教案で授業をしつつ、新人は何をすべきか。

以上、あえての極論でした。みなさんはどうお考えですか?

なお、「パクリ」の是非については別の機会に書きたいと思います。

 

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