あひるのバタ足

日本語教師だったり、TOEICスコアアップトレーナーだったり。非常勤生活満喫中。ご意見はTwitter @ahiru5963 へ。

授業中のスマホ、禁止?それとも許可?

読み進める前に、まず心の中で考えてみてください。

  1. 授業中のスマホ、禁止しますか?それとも許可しますか?
  2. 理由は? 

最近、こんな本を読みました。5年ほど前に書かれた本ですが、2017年の今も色あせるどころか、ますますエッジが立ってきているように思えます。

 
 

私たちの脳は新しいメディアの出現とともに変化しているそうです。

 

新しいメディアが出て来るたびに言われてきました。

ゲームをするとバカになる。

テレビを見るとバカになる。

もっとさかのぼると、本を読むとバカになると言われた時代もあったそうです。

 

我々一般人がネットを使うようになって、20年くらい。

どんな実感がありますか?

 

私の場合ですが PC → ガラケースマホ とデバイスが変わっていくにつれ、以下のような「症状」が加速してきたように感じます。 

  • わからないということが不安で、つい検索してしまう。
  • ネットで見たり読んだりしたものはすぐ忘れてしまう一方で、知っているつもりになる。
  • まとまった文章を読んだり書いたりすることがつらくなった。
  • 何もしていないことが不安に感じられて、ついスマホSNSを開いてしまう。その割に目は表層を滑っているだけ。
  • それがエスカレートして、何かをしているときでもスマホがそばにないと不安になる。
  • 電話番号や郵便番号、住所が覚えられなくなった。(短期記憶のチャンク数は7と言われているが、個人的には4ぐらいに減少しているというのが実感)

完全に中毒ですね。

「記憶の外部化」という概念があります。よく言えば、検索すればすぐ出てくるような情報は覚えなくてもいいということです。私はこれを「脳や身体が拡張している」と捉え、ついこの間まで、本気でカッコいいと思っていました。

しかし外部記憶に頼り続けることで、私の脳は意図せずその状況に順応してサボることを覚えてしまいました。そしてそれに伴い、今までできていたことができなくなっていったのです。

一方で、ネットがあったから、また、ここまでネットにつながっていたから実現できた、いいこともあります。

  • オンライン英会話やeラーニング教材、TEDなどネット上のコンテンツを使って独学し、13ヶ月でTOEICのスコアを600点台から900点台に伸ばすことができた。
  • CouchsurfingやAirbnbを知り、民泊なんて言葉がなかったころから外国人を家に泊めてレアな体験ができてお金も稼げた。
  • その体験を元に、世間が民泊に興味を持ち始めた頃ウェブセミナーを開いたりKindle本を出版したりして、そこでいろいろな人と知り合い、お金も稼げた。憧れのジャーナリストがうちまでインタビューしに来てくれた。
  • SNSでコアな先生方と知り合うことができた。またそれが現在の仕事にもつながっている。
  • 地雷も踏んだりしたが、片っ端からあれこれ試してきたので、初めて見るツールやサービスでもなんとなく使えるセンスが身についた。
  • 「廃人」と言われてもいいレベルで動物動画を見まくっているので、文型導入に使えるドンピシャ動画を必要に応じて発掘できる。(連体修飾のところで使用した「日本語を話す鳥」)

    www.youtube.com

いい面もあればそうでない面もあり、いいところだけ取るとか、足して割るということはできない、ということはご理解いただけたでしょうか。

 

さて次は、ネット中毒者であり、同時にネットから多くの恩恵を受けてきた教師(私)がいま教室の学習者たちにどう向き合っているかという話です。

現在の私の勤務校では、授業中スマホはかばんにしまうというルールになっています。ただし教師の裁量で必要に応じて授業中に使わせることはできます。

学習者は圧倒的にGoogle辞書を使おうとします。わからない語に出会うたび、スマホに手が伸びます。これはやめさせます。「ゲームやSNSで遊んでるんじゃなくて辞書なのになんで?」最初は学習者も納得しません。

なぜ辞書を引くのをやめさせる必要があるのでしょうか。

理由は三つあります。

  • 一つは、耳がお留守になるからです。教師が語彙や文型を制限したティーチャートークで話しているとはいえ、意識がスマホに行っている間、同時に聞けるほどの日本語能力は彼らにはまだありません。それができるなら、いちいち辞書と首っ引きになんてなっていないでしょう。
  • 二つめは産出についてですが、既習語彙を繰り返し使用して定着させることに注力してもらいたいからです。既習語彙をすべてマスターしてしまったのであれば似た言葉を探してもいいかもしれませんが、そんなレベルの学習者には教室ではまずお目にかかりません。
  • 三つめは、せっかく調べても調べっぱなしにして覚えないからです。私が記憶の外部化という概念に心酔しているうちに脳がサボることを覚えてしまったのと同じパターンです。

(家でGoogle辞書を使うことについてまでは介入していません)

 

それでは、わからない語に出会ったとき、言いたいことが日本語で見つからないとき、学習者はどのように対処すればいいのでしょうか。

わからない語は文脈から推測です。言いたいことは今自分の中にある記憶をありったけの力で絞り出して産出するのです。仲間に聞くのはOKです。「外部記憶」の反対、「内部記憶」の活性化です。どんな斬新な表現が出てきても、非文でない限り、自分と仲間の「内部記憶」を呼び覚まして産出したことに拍手を送ります。(昨日は「たばこはよくないと思います。たばこを吸う人は病院の友達ですから」という文が出てきて驚かされました)

 

メディアの変化に伴う私たちの脳の変化は、不可逆的なのだそうです。一度スマホを使い始めてしまったら、もうスマホを使っていなかった頃の脳には戻れないのです。

 

 最後に、もう一度質問です。

  1. 授業中のスマホ、禁止しますか?それとも許可しますか?
  2. 理由は?
  3. 許可するとしたら、どんなルールで運用しますか?

 

つづく。