あひるのバタ足

日本語学校と英会話スクールの講師/日本語教師生産性と生活向上委員会/スノーボード/ウクレレ

やってみた(初中級でプレゼン+ディベート)

すでに3月で退職した学校での実践記録です。

初中級クラスでプレゼン+ディベートやりました。このままにしておくと忘れてしまいそうなのでメモ程度ですが書いておきます。

 

反復なくして語学は身につかないとは言うものの、反復は単調で苦痛なものです。それをいかに楽しく夢中になってやれるかを考え、プレゼン+ディベート活動をしてみました。

 

・対象 次回N3取れそうな人たち 出身はベトナムスリランカ・中国(3名ほどN3あり

18人(クジで6グループに分ける)

・目的 意見を述べるフォーマットを身につける

・方法 プレゼン+ディベート

プレゼン:「日本の少子高齢化」に関する資料(講師によりレベルに合わせリライト済)6種類をグループごとに1種類ずつ読み、書いてある内容を発表。発表していないときは他のグループの発表を聞いてメモを取る。全グループ分を理解した上でディベートへ。

ディベート:トーナメント。同じテーマで立場を変えて何度も対戦

勝ち負けのジャッジは学生たちの投票で行うので、自分がディベートに出ていなくても聞いていなければならない。

・時間数 452コマ×4日(1日目:資料を読む+プレゼン準備、2日目:プレゼン準備+プレゼン、3日目:ディベート第一回予選+決勝、4日目:ディベート第二回予選+決勝)

 

1チーム3人なので人任せにできず、必然的に全員が考えることになった。「なんとかなるでしょ」とまったく考えないチームは予選敗退。

早口で話せるのがいいことだと思っていた学生が、言っていることを相手に理解してもらえず撃沈。

いつものノリで思い込みを根拠なく主張して潰される。

など、学生にとっては予想外の経験も多かったようだが、否応無しに巻き込まれることで普段見せない力を発揮する学生も。

 

雑でスミマセン。備忘録ですが何かのヒントになればと思い公開しました。

面接に行こう

今の職場に不満はない。すぐに転職したいわけじゃない。

そんなときこそ、面接に行って模擬授業をするチャンスです。

緊張感を持って、自分のやり方を、見ず知らずの他者に問うてみましょう。

気持ちに余裕のあるときだからこそ、人の意見を聞き入れることができます。

居心地のいい今の職場の仲間たちからは得られない、厳しいフィードバックがもらえるかもしれません。

そしてまた、思いもしていなかった魅力的な職場が見つかるかもしれません。

思い詰めてから行き先を探すよりも、気持ちのハードルがぐっと下がります。

履歴書や職務経歴書をアップデートする機会でもあります。

もっともっと、他の学校のことを知ってみたいと思いませんか?

自分がどんな価値を、いくらで提供できるのか、探ってみたいと思いませんか?

他校を見て、自分の職場に生かせることが見つかるかもしれません。

掃除が行き届いてるな、先生も生徒も来客に気持ちよく挨拶してるな など。(一時期炎上した、教師が掃除してるからきれいな学校とかは論外ですが)

反対に、模擬授業で使うマーカーがどれもスカスカだなとか、動画を使おうとしたらネット接続が貧弱でお話にならなかったとか。直前に時間変更を依頼してきたり、準備してくるように言われた課題は複数だったのに当日時間がないからと1つだけでいいと言われるとか(全部実話です)

こんな学校で働くことになったら大変そうだなぁって、想像できますよね。

もちろん、行くからには冷やかしではいけません。相手に時間を取ってもらっているわけですから。

真剣にやりましょう。

でもね「相性がよければ」程度の気持ちで行くのが一番うまく行くと思うんですよ。今の職場が耐えられなくなった極限状態で臨むと、腐った藁を掴んでしまう可能性もあるから。

さあ、履歴書をアップデートして、面接に行ってみましょう。

利己的になろう。

私は利己的な人間です。仕事が終わったらダッシュで帰るし、興味のない職場のLINEグループも平気で抜けたりします。でも、そうして得た時間は私にとっては大切な時間で、その時間を使って仕事がもっとラクになる方法を考えたり、探したりしています。そしてたまに自分の考えたことが意外にみんなのためになることだったりすると嬉しくなります。たとえばこれ。

 2018年は、自身の行動が全体を豊かにすることにつながっているか、利己的なところから発した考えであっても、どうしたらそれが全体の利益につながっていくか、それを意識しながら行動したいと思っています。

みんなも利己的になろう! 自分の不満が、全体をよくしていくきっかけになるかもしれない。

その学校に、信頼関係はあるか

「授業の評価を生徒にさせます」

いきなりこんなことを言われたらどうしますか?

以前勤務していた日本語学校でそんな話が持ち上がり、ベテランの先生たちが猛反対したという出来事がありました。その後すぐ私は辞めてしまったので、その評価が行われたかどうかはわかりません。ただ先生たちの目にあらわれた不信感と憤慨に満ちた口調は忘れることができません。

日本語教育をサービスと定義するのであれば、先日ここで述べたように、顧客である学習者からのフィードバックも取り入れ質を担保することは必須です。

なぜ先生たちは猛反対したのでしょう。

先週開かれた日本語学校教育研究大会にヒントがありました。教師研修を行っている学校の発表です。授業の質を一定レベル以上に保つため、研修を受けた上で先生たちに授業を行ってもらい、定期的に学習者にアンケートの回答を求めている、というものでした。研修を受けた上で自律的に授業を改善しようとしている先生は学習者からの評価も上がっているそうです。

研修の内容も、教師Can-doもすごいなと思って聞いていたのですが、それ以上にこの学校には、学校・教師・学生、三者の信頼関係があると感じました。信頼関係がなければ、せっかく企画した研修や教師Can-doも絵に描いた餅で終わってしまうでしょう。特に評価されることになる教師に対しては、何のために何をどのように行うのか、それを納得できるまで説明しなければならないでしょう。

話を冒頭の学校のことに戻します。あのときベテランの先生たちはなぜ猛反対したのでしょう。思い返せばそれは、信頼関係がなかったからです。まともな教師なら誰しも、日々改善を考えているわけですから(※)、信頼関係さえあれば「お互いに協力しあっていいものを作っていかない?」という話ができるばずです。あのとき学校側は詳しい説明も行わず、思いつきのような形で断片的に評価の話を持ち出してきていました。そりゃ反発されるわけです。

でも、信頼関係ってどうやったら作れるんでしょうね。

最近思うのです。学校側には法に則って非常勤を人として扱ってくれと願うのはもちろんですが、私たち非常勤も学校側を必要以上に仮想敵のように見てはいけないですね。やさぐれたりあきらめたりすることなく、歩み寄るべきときは歩み寄ることができればと思います。そしてそういうことができない学校とはサヨナラし、できる学校へと移って行けばいいのです。

 

その先生たちがまともじゃなかったという可能性は考えないことにします。

日本語教師は無辜の民か

ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントをご存知でしょうか。ナチス・ドイツによるホロコーストに関与した責任者の一人、アドルフ・アイヒマンについて「悪の凡庸さ(陳腐さ)」という概念を述べ、大論争を巻き起こした人物です。どういうことかと言うと「大量殺戮を指揮するヤツは極悪人であるに決まってる」というみんなの考えを「いや、実は彼は極悪人というより、何も考えていない小役人で、上から言われたことをそのままやっただけ」と喝破し、本来仲間であるはずのユダヤ人社会から総スカンを食らってしまったのです。

映画にもなっています。

なぜ唐突にこんな話を持ち出したのでしょう。それは先日こんなツイートを見かけたからです。

 

留学生を食い物にするような日本語学校について「批判されるべきはその企業や日本語学校であって日本語教師じゃない」ここがどうも引っかかったのです。ブラック組織で働いている日本語教師は無辜の民なんですかね。

というわけで皆さんに聞いてみました。現在92人の方に投票いただいています。

 

選択肢が極端なので、悩まれた方が多かったかもしれません。実際は、やめずに内部告発を行うという考えをお持ちの方もいらっしゃいます。(そういう方はどちらにも投票してないですよね?)

この極端な選択肢のアンケートで何を知りたかったのか。それは私たちはどれくらいアイヒマンなのか?ということです。私自身は、留学生(+ときに講師)を食い物にする組織にとどまり仕事をし続けることは、その組織の存続を手助けしている、つまり悪の片棒を担いでいることにほかならないと考えます。だって私たちは判断力のある立派な大人なわけですから。

何か大ごとになってから「私は関係ない」と言い訳しますか?

今日見てきたこの映画も、そんなことを思い起こさせるものでした。

私たちには自由があります。組織に意見を言うこともできます。いつでも組織から離れ、別の組織に仕事を見つけることもできます。

もう一度言います。私たちは自由なんです。

教えること、学ぶこと

日本語教師の皆さんからTOEICについてよく聞かれるのですが、お役に立てなくて歯がゆく思うことがあります。

というのも、たいていこんな感じだから。

 ご自身が日本語学習者にどういう指導をしているのかなと思います。お勧め本や学習方法なんて、条件によっていくらでも変わってきます。新しい学習者と出会ったとき、ニーズ調査しますよね。しないんでしょうか。仮にしてたとしても、同じクラス内の学習者は一律に同じレベルで同じ目標で、ライフスタイルも一緒だとでも?

普段ご自身がどういう姿勢で学んでいるかも質問の仕方で一目瞭然ですね。一般企業だとガツンと言ってくれる先輩がいたりしますが。

TOEICに興味があると言っている割に、あれこれ理由を持ち出して受験しない人も多いです。

理由その1「忙しいから」

TOEIC L&Rは長丁場と言われますが、12時半集合で15:15には解放されるテストです。半日もかかりません。

理由その2「勉強してないから」「勉強する時間がないから」

とりあえず受けましょう。スタート地点なんだから、勉強しないで受けてくださって全然構わないです。現在地確認しないと目標地点までの道も示せないから。こっちは仕事だから何点でも驚かないし。とりあえず受けてしまって、時間がなければないなりに続けられる方法を考えましょう。

自身がチャレンジし続けている人間かどうか、これ学習者にも伝わります。私たちは学習者に勉強しろしろ言いますけど、本気で自分も勉強してる教師とそうでない教師を学習者は見抜きます。もちろん経験至上主義的な押し付けアドバイス(クソバイスって言うそうですね)は論外ですが、自身が学び続ける人間であることは、学習者に向き合うにあたっての最低限のマナーの一つなのではないかと思っています。

で、TOEIC受けますか?また先延ばしにしますか?

 

非常勤講師と有給休暇

今日も日本語教育業界をdisる風を見せつつ、この業界がよくなるといいなあ~という思いで書いています。

日本語学校では契約時に、有給休暇が取れるという説明を受けたことがありませんでした。就業規則を見せてもらったこともありませんでした。 確認しない私もいけないといえばいけないのですが、面倒なヤツだと思われてしまうのもイヤなので、気になりつつも触れずにいました。そうした気持ちは多くの非常勤講師の皆さんも感じたことがあるのではないでしょうか。

実際、こんな意見もありました。

 というわけで非常勤日本語教師の皆さんを対象にアンケートを開始したのですが、開始1時間ほどの現在、14名の方に投票いただき、その全員が「ない」という状況です。アンケートは3日間実施されますので、今後どう変化するかを見守っているところです。

 人材紹介サービス業の方からもリアクションがありました。

 ただ、どうなのでしょうか。法律で決められた労働者の権利です。「うちの案件は法を守っている」ってそうじゃない学校が多いことを示唆しているし、「が多いです」って数は少ないかもしれないけど「法を守っていないところを扱ってます」ってことにならないでしょうか。

※本件につき、レスをいただきました。

ちょっと耳の痛い指摘もありました。

 私たちも、もう少し自覚的になったほうがいいですね。冒頭にも書きましたが「面倒なヤツだと思われたくない」そんな気持ちがこの業界を悪くしているかもしれません。授業後の無給の採点なんかも。 

短いですが、問題提起でした。