あひるのバタ足

日本語教師だったり、TOEICスコアアップトレーナーだったり。非常勤生活満喫中。ご意見はTwitter @ahiru5963 へ。

日本語学校で「教えない授業」はできるか

初級積み上げテキスト「大地2」が終わって初中級つなぎ教材に入るクラスで「教えない授業」をやってみました。

「教えない授業」って何?という方はまずこちらを。学習者どうしで互いに教え合う授業で、形式はいろいろあるようです。

というわけで、Go! 全然お話にならなかったら一斉授業に変えればいいやというプランBも懐にしのばせて…。安易でスミマセン!

使用テキストは初中級つなぎの『いつかどこかで』1課「アパート探し」です。

1日目・2日目で語彙調べと大意把握が終わっている という状態で、

3日目、文法項目の学習を行います。すでに初級積み上げ教材で学習した文型、表現が多いです。

16人のクラスで、3~4人のグループに分かれて1グループ1つの文法項目について調べて発表する。それがミッションです。

 

教師が指示したことは3つ。

「本文」「会話」を読む。

文法について、グループで話し合う。

みんなの前で発表する。

これだけです。本当にこれだけです。ひどいですね。「わかんないよ!」と言われたのでヒントをプレゼントしました。

「みんなは新しい文法を勉強するとき、どんなことを知りたい?何をどう説明したら友達がわかってくれると思う?」

そしたらグループで議論が始まりました。

 

で、こんなのが出てきました。(板書、ぜひ拡大して見てください)

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このグループが担当する文法は「条件は~ことだ」です。まず、右半分に作り方を書いて説明し、続いて左半分に例文を書いて説明しました。作り方説明は秀才タイプの女子が担当し、例文はちょっとやんちゃな男子が担当です。自分たちでいい具合に役割分担してますね。

もちろんこれがすんなりと出てきたわけではありません。

各グループとも、何をどう説明したらいいか、仮説を作り、教師にぶつけ、を5回くらい繰り返しています。「作り方と例文を発表したらいいよ」と教師が言ったわけではありません。そして例文を作るにしても、適切な例が出てくるまでトンチンカンなものがいくつも出てきます。仲間どうしで「これはおかしいよ」「なんで?」と直し合い、どうしてもわからなくなったら「先生~」と声がかかります。45×2コマで収めたかったのですが、翌日の多読タイムをつぶして1コマ延長し、計3コマ使いました。

授業の感想をFacebookに書いてくれた学習者がいました。

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お互い試行錯誤ですが、慣れたらもっと楽しくなりそうです。

このクラスではディベートも始めたので、いずれそのことも書きたいと思います。

以下はここ1〜2週間の私の雑感になります。

togetter.com

 

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パクり合って進化しよう

前回エントリで新人さんに「パクリ」を奨励したところ、皆さんからリアクションをいただき「そうは言っても…」という考えもあることがわかったので、アンケートをしてみました。ご協力くださった皆様、ありがとうございます。

 

抵抗のある方が半分近くというのが私には驚きでした。というわけで、さっそくインタビューです。ちょっと不躾な質問にも快く答えてくださる先輩方に感謝です!(ご本人の承諾を得て転載)

ベテラン教師 Aさん

無駄に頑張ることは、教師にも学生にも益がないどころか害さえあるものね。
とはいえ、(無駄に)頑張ってきた先輩は、そうやすやすと手の内を公開したくないようなケチ根性が抜けきらんのです。ここは学校側がそうした先輩たちにも対価を支払いつつ、新人用「教案キット(真似してごらん♪)」を作成すべきでしょうね。

ベテラン教師 Bさん

養成講座を担当していた時、余りに皆さんとんちんかんなことをなさるので、一回私が書いた教案を使って皆が実習をやってみたらどう?と提案したことあります。(その時は実現しなかった。でも教案はあげました。)そーいえば海外に出る人にはプレゼントとして中級教科書一冊分の教案あげてたし、オンラインレッスン始める人には教案のみならず画像も。しかし今はフリーランスなのでお金に結びつくように考えないとな~。

学校など組織として対応する場合については別の方からも指摘がありました。

提供してくれた人が組織に搾取されるというのは避けたいですね。実際そういう事態になっちゃってるから共有したくないという人もいるかもしれません。

一方で、共有するとこんないいことがあるよという意見も。

見つめ直すきっかけになる、という考え方も。

めぐりめぐって自分にもメリットがあるよという考え。

 私自身も、シェアすることによってフィードバックがもらえたり、自分では思いつかなかった改良が加えられたりするというメリットを感じているので、自作教材を使ったときは授業後の報告にGoogle Driveのリンクを貼っています。

ちなみに教材に使ったことのない人はいないと思われる「いらすとや」は無償でかなり自由に使えますし

www.irasutoya.com

営業マンのお詫びグッズとして名を轟かせる「切腹もなか」も

 >土肥: レシピはその……門外不出ではないと?

 >渡辺: 門外出まくりですね。

www.itmedia.co.jp

公開することで損しちゃうと思っている方は、仲間内で少しずつでもやってみてはいかがでしょうか。

でも自信がないし恥ずかしい…という方はぜひこちらを!

 

金銭的に報われるかどうか、またそのための方法については慎重に答えを出したいと思います。実際教案を有料で公開していた方がいて、それを買ったとき「えっ、なにこれ?!」と思ってしまったことがあるのです。あくまでも私の気持ちの問題です。お金が介在することにより、期待値が高まってしまったり、その高まった期待が失望に変わったり、感情にノイズが入ってくるんですよね。

10年前の自作教材を後生大事に抱え込んで、時代遅れになってしまったということのないように、自分自身も常に進化していたいものです。

 

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新人は教案を書いてはいけない

日本語教師になったばかりの人が吐露する悩みに「教案がうまく書けない」「授業準備に時間がかかる」というものがあります。教案を書くために午前23時まで起きていて、翌日本番でフラフラなんて話も聞きます。なんという本末転倒。

あえて極論を提示させてください。

新人は教案なんて書いてはいけません。教具も作ってはいけません。

じゃ、どうするの?

他人が作った教案を元に、自分で授業を組み立ててみるのです。あるものを使って授業をするのです。

大丈夫。人と同じ授業になんて絶対ならないから。

自分もそうでしたが、一から作ろうとするとトンチンカンなことをやってしまうことがあります。

学びの過程としては意味ある経験かもしれません。ただ、その経験から得られる学びと、投入するコストが見合っているかどうか。一度考えてみたほうがいいと思います。

で、人の教案をパクるなんて言語道断!と思う方にはこの逸話を。

10才のときに無人島に漂着した人が10年後に救出された際「10年間考え続けた大発見です!」と割り算のやり方をとくとくと語った、というものです。

毎回毎回新人が「割り算」のやり方を一から考えて消耗していたら、本人だけでなく、組織にとっても損失です。夜遅くまで準備して元気のない先生がボソボソと授業していたらどうでしょう。学習者への影響も考えなくてはなりません。たとえ元気であったとしても、先生が新人だからといって、質の低い授業をしていいということにはなりません。

昨年(2016年)、夏の日振協の研究大会で興味深い講演がありました。

今井 新悟氏(筑波大学グローバルコミュニケーション教育センター)による「日本語教師はもういらない?-教育環境の変化と求められる教師像-」です。日本語教師が部分的にコンピューターに取って代わられる可能性がいくつもの例で示されていました。私の記憶が確かならば「文型導入や場面理解のようなところはビデオ教材を使って質を一定に保つのもあり」という趣旨のこともおっしゃっていたように思います。

そして、パクリ教案で授業をしつつ、新人は何をすべきか。

以上、あえての極論でした。みなさんはどうお考えですか?

なお、「パクリ」の是非については別の機会に書きたいと思います。

 

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togetter.com

未習語論争の本質

金科玉条のように「未習語を使うな!」と青筋立てる先生を私は見たことがなく、非実在教師なのではという気もしないでもないですが。でも話聞いてると、やっぱりいるんですかね。

ひとつ提案。

いっそ、直接法で教えてる全国の日本語教師の授業をサッカーや野球みたいに記録してビッグデータ分析しちゃいませんか?
仮説は「未習語を使うと学習者が授業を理解できない」。もちろん未習語を一切使わない授業も同じだけ記録して比較します。やろうと思えば技術的にできちゃう未来はもう来てるんだから。

deepanalytics.jp

さて、未習語の使用がなぜ問題になるのか。それは直接法で教えてるからです。直接法をやめれば未習語がどうのというイシューは消滅します。

私は日本人にTOEIC対策を教えたりもしてるんですが、リスニング・リーディング合わせて350点の方に英語だけで授業やるなんてありえません。英語が得意じゃない日本語教師の皆さま、想像してみてください。英語しか話せない先生に英語だけで英語を習うってどうですか?
ゼロ初級の方々に直接法で日本語を教えてるってそういうことです。

そしてもう一つ。「教師が無自覚に話してるのが問題」…激しく同意します。そういう理由でなら、私も養成講座で注意されたことはあります。

 


まずは明日から自分の授業を録音、録画してみましょう。それで自分のどんな言動がどう影響してるのかしてないのか、自分でチェックすればいいんです。未習語使う使わない、個々のビリーフはどうであれ、それもやらずに他人の授業にケチつけたらいけませんよ。身も蓋もないオチですみません。(ちなみにこれやると未習語以前に、思ってもいなかったところに課題が見つかったりします)

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外国語ができなくても日本語教師になれるって、ホント?

「あんなに言ったのに全然覚えてない!」講師室に戻ってくるなりキレてる先生がいました。相当がっくりきてる様子です。前回導入した表現とその注意点について、復習をしたらほとんどの学習者が覚えていなかったのだそうです。

でも、ちょっとまって。教師が教えたら学習者は覚えるものなのでしょうか。私たちは自分が中学や高校で英語を勉強したとき、単語も例文も発音も、一回で覚えられたのでしょうか。

肩を落としている先生の後ろ姿にかける言葉も見つからず、しかし以前「あひる先生って海外一人旅できるの?英語使って?すごーい」と言われたことがあるのを思い出しました。この先生は、どうやら自分の意思で外国語を学んだことがないようです。

というわけで今回も投下してみました。どーん。

(あれよあれよと言う間に、日本語教師以外の方々にもRTが広がっていてちょっと怖い気がしています)

 

日本語教師 外国語 できない」と検索すると「直接法を使って教えるから外国語ができなくても大丈夫」という記述がたくさん出てきます。実際のところはどうなのでしょうか。 

投下後、真っ先に届いたのがこちら。豪速球の直球です。

学生は教師をどう見ている?

関さんは、学習者の母語を学ぶようになって授業に対する考え方が変わったそうです。

 

もう少し深めてみたいと思います。日本語教師が外国語を学ぶということは、どういうことなのでしょうか。り〜やんさんは、ヒンディー語に挑戦してみたそうです。

こちらは、繰り返し練習の重要性です。自分がその気にならないと毎週90個とか覚えられないですよね。

日本語教師が外国語を学ぶということは、媒介語を使う使わない以前に、学習者を理解するために非常に重要な要素であるようです。

それではなぜ、外国語ができない人が日本語教師になっているのでしょうか。

営業トークでしたか。実際は外国語ができる人も養成講座を受講されているようですが、修了後、そうした人が日本語教師になっていないというのが何とも できる人は「他にも稼げる仕事があるから、非正規で給料も安い日本語教師にならなくてもいいや」ということなんでしょうかね。

ちなみに今回の私の問題提起は、こちらのツイートに触発されてのものです。

 

以上、外国語学習経験の重要性について書きました。しかしもちろん、外国語を学ぶ大変さとそれを克服する手立てがわかるのであれば、経験はなくてもいいと言えるかもしれません。ただ、私たちは神様でもコンピューターでもなく、人間という自己中心的かつ非生産的な生き物ですから、相当のメタ認知能力がないとそれは難しいのではないかと思います。

また、もう一つ批判が想定されます。経験至上主義に陥ると「私がやったこの方法が最高。黙って従え」と学習者の多様性を無視して自分のやり方を押し付けることにもなりかねないというものです。ただ日本語教育能力検定試験に合格している方であれば、こうした経験至上主義がナンセンスであることはご理解いただけると思います。

今回はCEFR B1以上を目安に外国語を習得しているかどうかをTwitter上で日本語教師の皆さんに問いかけたところ、たくさんのリアクションをいただきました。ひとつだけでなく、2つめ3つめの外国語をA1A2レベルで学習中という方もいらっしゃいました。すでにある言語がある程度使えるレベルに達した後も、新たな言語にチャレンジし、現在進行形で学び続けている方々には本当に頭が下がります。

問いかけにリアクションをくださった皆様、引用を許可くださった皆様、本当にありがとうございました。

【追記】

本エントリ公開後、村上さんからコメントがありました。

 学習者がどんな方法で勉強できるのか、その現状と可能性を知っているのと知らないのとでは指導法や教師としての信頼に大きな差が出ると私も思います。私は英語はB2とC1の間くらいですが、最近スタディサプリEnglishを有料で使用し、全レベルに入り込んでいじりまくっています。とにかくどんなもんか見てみようという感じですが、英語・日本語どちらを教えるにしても得るところが多いです。スキットは言われているほど面白くはないですが、続けさせるための仕組みがハンパないです。ぜひのぞいてみて「一週間お試し」してみてください。なお私自身の信頼に関わるので下記リンクはアフィリエイトにはしていません。

eigosapuri.jp

初級ばかり担当してると日本語が退化する?

初級が好きすぎて、自分は変態なんじゃないかと思う今日この頃です。今期も担当3クラスすべて初級です。

しかし悲しいことに、先生たちが「初級ばかり担当していると自分の日本語が退化する」と言っているのを聞いたことがあります。「えっ、そんなの都市伝説でしょ?」初級フェチの私は驚きました。文型シラバスの不自然な例文や、学習者の産出する非文を読んだり聞いたりしているうちに、ネイティブである自分の日本語が上書きされてしまうのでしょうか。ありえない!失礼ながら「本当にそれで退化するなら、その人もともと日本語大丈夫だったの?」と思っていましたし、言ったりしてました。ほんと失礼ですよね。

というわけでTwitterでアンケートを実施してみました。実際初級ばかりを担当していて自分の日本語が退化することはあるのでしょうか。そしてどれくらいの人がそう感じているのでしょうか。さらに、自分の日本語が退化するという感覚は何を意味するのでしょうか。

 

ご協力いただいた皆様、ありがとうございます。

「退化する」と思っている方が20%いるということがわかりました。これは、どういうことでしょうか。

まず、海外で日本語に触れる機会が少ないと努力が必要になるという考えです。

日本国内だとどうでしょうか。残念ながら国内の日本語教師の方からのコメントは得られませんでした。

次に、退化するわけではないが、頑張りすぎてティーチャートークが身についてしまうという意見です。

日本語教師になって2~3年は退化した感じがした」という方もいたので、これはありそうです。

一方で、「退化しない」という意見です。日本語を母語としない人に向けた日本語は、日本語を母語とする人に向けた日本語の何倍も難しく、言葉を知っている必要がある、と。これは初級の醍醐味でもありますね。

こちらは養成講座の先生もなさっていた方の意見。初級は自分の日本語を研ぎ澄ますチャンスだというアドバイスです。

これはインパクト大でした。「退化する」の再定義、「破壊と創造」ですね。

退化する・しないどちらの意見も突き詰めていくと「初級を担当することが自分の日本語を振り返る機会になる」ということなのだと思いました。アンケートにご協力いただいた皆様、ツイートの引用を快諾くださった皆様、本当にありがとうございます。

いやはや、自分の経験からしか学べないって恐ろしいですね。この件に関して今まで暴言を吐いてきた私を許してください。本当にすみませんでした。

これからもよろしくお願いします。

初級でも議論。シンギュラリティについて

学習者と接する際、常に意識していることの一つに「学習者は大人である」ということがあります。教師より年少である、日本語がたどたどしい、ともすれば我が子と同じくらいの年頃だからと、20才前後のいい大人を子ども扱いする教師は珍しくありません。2013年言語文化教育研究会でのつながろうねっト「あの子」問題から「教師学習者」の関係について考えるをご存知の方も多いと思います。

自分の授業は果たして大人を引きつけるものになっているだろうか?子ども扱いはしていないにしろ、留学生の関心事は生活やアルバイトだけと決めつけていないだろうか?そんな疑問から、ちょっと冒険をしてみました。

  • 使用教科書・単元『大地2』32課 使いましょう2
  • 所要時間1.5コマ
  • 学習者の出身国と人数:ベトナムスリランカ、モンゴル 16
  • テーマ:未来の仕事はどうなると思いますか?(教科書では「未来の学校」ですが、変えました)
  • 目標:未来について考えたことを「(普通形)かもしれません」を使って会話できる。

いま、未来と言えば「シンギュラリティ」ではないでしょうか。AIつまり人工知能が人間の能力を超え、人類がAIと融合する日です。GoogleAIプロジェクトを指揮するレイ・カーツワイル氏が今年20173月にSXSWで語ったところによると、これまで2045年と考えられていたこの日が、2029年に早まるということで話題になりました。

まず、ツカミです。英語で書かれたこの記事の見出しをモニタに写し、英語がわかる学習者に日本語で意味を説明させます。Ray Kurzweilが人の名前であることは説明します。またpredictに相当する日本語「予測する」など知りませんから、つまったら「未来のことを考えたんだね」等助けを出してもいいでしょう。実際しました。知っている範囲で言えばいいんだと学習者が再認識する機会にもなります。

www.foxnews.com

早くもこの段階で反応する学習者がいました。一人の学習者が「先生、これと同じですね」と自分のスマホ1分程度の動画を見つけてきたので、彼を前に呼んでスマホをモニタと接続して全員で動画を見ました。彼が出してきた動画には、AIの明るい未来だけでなく、戦争で無人攻撃に使われるというネガティブな情報も入っていました。

www.express.co.uk

ここで、グループでの話し合いを開始します。黒板の左側には今2017年に存在する仕事、たとえば運転手、学校の先生、店員、駅員などを書き、右側には2029年と書いて空欄にしておきます。教科書の例は100年後ですが、そんな未来はだれも生きてないと学習者たちも鼻で笑います。しかし2029年なら自分は

休み時間も忘れて話し続けるグループもありました。

発表は、学習者が口頭で話したことをその場で教師がPCに打ち込み、リアルタイムでモニタで共有しました。

実際のドキュメントです。よほど決定的な非文でない限り、学習者が産出したことばは生かしました。

docs.google.com

 

今起きていること、自分が知っていること、興味のあること、それらが結びついたとき、学習はとても楽しいものになり、学習内容は有機的に定着していくのではないでしょうか。これからも学習者とともに、旅を続けたいと思っています。